鉄板物語

 


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鉄板物語
随時更新中


0829
36−0415
年中無休
営業時間
11:00〜14:30
17:30〜22:00
駐車場
店舗前3台、他2台


福の神地図
(マップル)












鉄板物語・・・≪1≫
 
1、鉄板をなめたらやけどする
2、藪の中へ
3、お好み焼きはバランス
4.極細麺
5、新たな挑戦
6、開店に向けて
7、押さえるのが広島流?

鉄板物語・・・≪2≫

1、あれから1年
2、考えなくてもよい事
3、肉玉そば・肉玉うどん 
4、おいしいの証明
 
 


鉄板物語≪1≫


1.てっぱんをなめたらやけどする

お客様に聞かれる事がよくある
「お好み焼きはもう永いですか?」「どこかで修行されたんですか?」
私の焼き方が上手だからか、たどたどしくて不安だからなのか
はたまた、焼くのに集中して会話のない空間を埋めようとの御心づかいなのか
その心理は分らないにしても、お答えするにはやや躊躇してしまう
どこかの有名店での修行経験どころか、お好み焼きを焼いた経験も、まず無い
開店は今年の3月11日、大震災の日、その準備期間が約1か月
6月11日現在で言えば、経験は合計で4か月
「そうですか」とうなずかれても「そうなんです」としかお答えのしようがない
この店のお話が来たのが1月下旬
早速、オタフクさんの研修に申込み、2月初旬に3日間のお好み焼き研修(研修費3万円)
以後、毎日毎日鉄板との戦いが始まる
このお店は元々お好み焼き屋だったので機材は揃っていたし、自分も丁度集中できる環境だったので
兎に角朝から夜までまさに格闘、鉄板との格闘です
「味を作る」
麺の種類は?豚肉は?キャベツの切り方、量、もやしの量、載せ方、天かす、削り粉、昆布粉、卵、ソース
そして焼き加減
最初は「何とかなるだろう」と、今思えば「甘い」感覚でしたが、自分のその「甘さ」は今に始まった事でもなく
人生そのものが「甘い」と自分でも思います
良く言えば「夢を追う男」かもしれないと思いながらも現実は何時の場合もそう甘くはない
お好み焼きは、自分の中では小さいころから生活の中にあり
中学生のころのたまり場は「お好み焼き」でしたし
そこのおばちゃんは自分の母親以上の母親的存在でした
高校生のころには、自分の母親が自宅改造でお好み焼き屋を始めたので
腹が減ったら自分で焼いて食べていた事もありますが
それが果たして経験と言えるかどうか
また、そんな環境ですので
お好み焼きに対しては、深く考えたこともなく
お店のイメージも「おばちゃん」でしかなく
「おばちゃんが焼くもの」言い換えれば「おばちゃんでも焼ける?」
大の男が生活の糧とするような大げさなものではない?
そんなふうに見ていたのは確かにあると思います
身近にありすぎて軽く見ていた?要するに舐めていたのだと思います

2、藪の中へ

焼き始めて2週間くらいたったころ
焼けども焼けども全く進歩がないどころか泥沼に嵌っていく
焼き方も、仕上がりも、味も
全く、すべてがバラバラで目指す方向から完全にずれて行くような
要するに「壁」に当たったのです
今思えば最初の大きな壁でした
鉄板の前で、一人黙々と焼き続けて2週間
頭の中は全部「オコノミ」朝から晩まで、良く言う「寝ても覚めても」オコノミ

丁度そんな時、本業、旅行業の添乗で由布院温泉に出かけました
その団体さんには申し訳ないような気もしますが
気分転換としてはグットタイミングだと捉えさせていただきました
そして夜の宴会終了後、居酒屋メニューのお勉強にと思い
ホテル近くの食堂風居酒屋さんに入りました
そこに行く予定ではなかったのですが、他がすでに閉まっていてそこしか開いていなかった
その店は、オーナーさんと思えるお婆さん(どうみても80歳は過ぎていそうな)と
その方よりやや若そうな、やはりお婆さんのお二人で切り盛りされているご様子
お世辞にも「キレイ」とか「高級」等の表現とは程遠く、古びた食堂のような
そのお店のカウンターで熱燗を飲みながらそのお二人の動きを見ていると
これから突然の予約で団体さんが入るらしく何やら準備しておられる
その動きは年齢が年齢でもあり、ゆったりと言うか、スローと言うか決して機敏とは言えないが、
無駄がなく的確なのに感心しながら眺めておりました
すると間もなく、どやどやと15〜6人の何かイベントの打ち上げ風のグループさんが到着して
「腹がへっとるけんムスビしてくれんね?」との注文が入り
「どんくらいいるんかね?」
「そやね、30個ぐらいでよかかね」
「はい、ムスビ30個ね〜」
まずは、その軽い返事に驚きましたが
次に、冷蔵庫からスーパーのレジ袋に入れられた「ご飯」2袋を無造作に取り出し
そのまま電子レンジでチン
これには更に驚きました
そんなご飯が冷蔵庫に・・・
そして次にオーナーお婆さんは盛り合わせの、から揚げを上げながら
そのもう一人の雇われ風のお婆さんにムスビの指示をしています
「あんた、何しよんね、梅ばっかじゃダメんでしょうが」
「昆布もカツオも入れな」
「バランスちゅうもんがあるでしょ?」
「バランスうまいことせんにゃダメでしょが、バランス」
私は、このような場面でしかもそこのオーナー風お婆さんの口から
「バランス」なるハイカラ語が出たことにたまげました。
そしてその言葉「バランス」が妙に耳に残ったままお店を後にホテルへと帰り
夜の月明かりに浮かぶ、名峰「由布岳」を眺めながら露天風呂に浸り、ひとり考えていました。
藪の中からの出口となる一筋の月明かり
それは「バランス」かも知れない・・・と


3、お好み焼きは「バランス」

帰ってから早速鉄板に向かいました
今までは美味しいお好み焼きを作ろうとするあまり
材料もそれぞれ一番おいしい状態にしようとして
手をかけ過ぎていた?
一度、それぞれの材料を別々に鉄板で炒めてから載せ合わせてみた時
予想に反して美味しさが感じられず、お好み焼きではなく「混ぜ焼?」と名付けた方が
似合いそうな出来上がりだった事を思い出し
何故そうだったのだろうか、と
確かに、具材をそれぞれ別々に炒めた時は、それぞれが美味しかったのに
併せてみたら、バラバラで、それぞれの具材の主張が強すぎるというか
助け合い?補い合い?そのような優しい味が感じられなかった
野球でいえば、1番から9番まで、全て4番バッターを並べたような
全員がホームラン狙いのような、味のない野球
やはり、1番には1番の役割、2番にも3番にも、それぞれの打順によっての役割があり
送りバンドやエンドラン等絡めて点を取る
それが、補い合う事、助け合う事であり、野球の面白みに繋がる
やはりキーワードは≪バランス≫なのか・・・
あの由布院のお世辞にもキレイとは言えない居酒屋のお婆さんが口にした
似合わない言葉「バランス」か・・・と

しかし、バランスとは具体的には何だろうか
再び野球のオーダーに戻って考えた時に監督は
1番から9番までの中で、何番から決めるのだろうか
もちろん対戦相手やピッチャーにもよるだろうが
不動の4番バッターがいるところは強いとか、打線の軸だとか良く表現される事から言えば
やはり、4番であろう
だとすれば、お好み焼きの「4番」とは?
やはり「麺」でしかない
麺を中心に、その麺を生かすような具材の味配置
それが絶対の≪バランス≫となるはず
そこまでの考えに至った時、出口らしき「光」が見えてきました
≪バランス≫ちゅうもんがあろうがね、≪バランス≫
次の日から、あの、ばあちゃんの言った≪バランス≫に挑戦する事なりました



4、極細麺

4番バッターの選定には時間はかかりませんでした
麺を考える時に、麺として一番おいしいのは「生めん」だと言われています
中華麺の生めんは原則、未加熱、未乾燥のものを言うとされているが、実際には
その解釈の幅はひろいようであるが、お好み焼きでは通常、その店で茹でれば生めん使用と言えるようです
他には、ゆでめんと蒸し麺が一般的ですが、お好み焼きでは通常はゆでめんタイプを使っているところが
多いようです
生めんを茹でるためには、大きな寸胴鍋が要り、常に火を入れておく必要がある
更に、お好み焼きの行程中、「茹でる」と言う作業工程が余分に入るため
一般的には敬遠されています
では、試しにと思い、その生めんのお好み焼きを他所のお店に行って食べてみました。
予想通り「麺」は確かに美味いのかも知れない
「かも知れない」と言うのは、元々自分は中華麺の美味しさが何なのか
良くわかっていない
子供のころに食べたお好み焼きは、多分、量が多いからだったと思いますが、
ほとんどが、うどん麺だったし
中華麺に対しては「異国」の食べ物?うどんには感じない独特の粉感?
そのような漠然とした違和感を持っていたように思います。

話を戻しますと
そこで食べた生めんのお好みおやきは「麺」の存在感が強く
麺が勝ち過ぎ?麺が大好きな人には良いかもしれない
ラーメン的オコノミ?のような
バランス的には自分の目指しているのとは違う
その時「やっぱあれだな」と、納得の後押し的決心となったように思います
それは、悩みの真っただ中にいる自分を見かねてのようにタイミングよく訪ねてきた
オタフクさんの紹介で持ってこられたサンプル麺の中の
「極細麺」でした
実は、持ってこられたのは3種類で、メインの麺は味わいのある従来型の麺で
そのついでと言う感じで持ってこられたのが極細麺とピリ辛麺だったのです
私は、その時から「極細麺」にある種の興味を持っていました、が・・・
同時に、この麺をうまく生かせるかどうか、うまく生かすのは大変かもしれない?
そんな不安も同時に持ったような気もします
しかし、生めんを食べてみて決心がついたというか
何故だか、最初からここに来るような予感通りにここに来た
「これしかない」と確信するようになっていた
極細麺はそんな感じで決まりました


5、新たな挑戦

さて、問題は「極細麺を生かすには?」
自分は中華麺はやや苦手でしたが、其の他の麺は結構好きで
日本そばやスパゲッティは昔から、あっちこっち相当食べ歩きもしました
うどんは讃岐系よりツルツルの稲庭系
そばは、ボロボロより腰のある硬い方が好みで
スパゲッティーも硬いのが好き
味については正直良くわからない
けど、共通するのは「硬いのが好き」
以前あるイタリア系パスタのお店でお客さんが「パスタが硬い」とお店に文句を言っていました
食べていたのはスパゲッティでしたが、麺が硬くて食べれないと
私もその時スパゲッティを食べていましたが、私には好みの硬さでした
10年位前にイタリアのローマ滞在中日程が空いたので
列車に乗ってナポリへ行き、ポートアルバと言う老舗でやはりスパゲッティとピザを食べた事があります
ピザを焼く窯の年季の入り方、またピザのシンプルな事にも驚きましたが
スパゲッティの硬いのにも驚きました
しかし、硬いと言っても芯がある硬さではなく、逆に芯の方が柔らかく外側が硬い?
そんな感じで、多分麺の作り方からが違うのだろうと感心しました
それから、日本ではそんなパスタに出会ったことは無いですが
そこのお店のはまあまあそれに近いのがあって良く食べに行ってました
そんな時、そのような苦情を言う人を見て
「この人はパスタを食べる資格がないな」と感じ、同じような例でお寿司屋さんで
わさびを利かされて「ウワ〜来た〜」と言いながら涙を流す人
でも、その人は怒ってはいない、むしろ喜んでいる。
江戸っ子なら「大将、まだまだこんなもんじゃものたりねえ、しっかりワサビを利かせてくれ」
と更に見栄をはるかも知れない
料理人とお客さんはある意味「勝負」だと思います
「これでもか」と出されて「まだまだこんなもんじゃ」と受けて食べる
パスタの場合も、硬いのを出されたら次には更に硬いのをこちらから注文する
お店の方もこれでもかと更に挑戦してくる
ただ硬いだけの勝負では意味は無いかもしれないけど
硬くて美味しい、究極のパスタへの挑戦であれば、それは「名勝負」と言えるのではないでしょうか
話は相当逸れましたが
結論は、極細麺はカリカリに硬くすることで特徴が生きるのだと
でも、それは単に言葉で言うほど簡単な事でもないだろうと
思った通り簡単では無かったような気がします


6、開店に向けて

お好み焼きでは通常はラードを使います
何故ラードなのかを深く考えたこともなく、多分まろやかなあまさ?
確かに、焼きそば等ではまろやかな甘さが醸し出されてコクが出る感じはします。
極細麺をカリカリにしようと思ってもなかなか思うようにカリカリになってくれない
このしぶとさには正直、鉄板だけに「手を焼きました」(シャレです)
鉄板の準備で、火入れがあります
最初は超弱火で40〜50分温め、全体に温度が上がった頃
強火にして一気に温度を上げ、ラードをやや多めに垂らして茶色く焦げだしたら
焦げをこさげて火を弱め、鉄板に油を馴染ます。
そして少し温度が下がったら焼ける状態の火に調整します
この作業で大体、1時間15分程度かかります
そこで、教わったのが、何故そこで焦がすのかラードなのか
ラードは熱に強く、250度以上ぐらいまでは焦げないと
と、言うことは、鉄板を250以上まで一度焼き上げて油を鉄板に染み込ます為には
ラードしかないわけだそうです。
逆に考えればラードは熱から食材を守る?
250度まで上げなければ麺は焦げ目が付かない
極細麺をいくら焦げ目が付くほどカリカリにしようと思っても、ラードを敷いた鉄板では無理。
そうなのか・・・と
ならば、サラダ油か・・・と
しかし、限られた鉄板スペースで行程中にラードをこさげてサラダ油を敷き、そこで麺を焼く
実は、流れの中でこれは相当な難作業になろう事は容易に想像が出来る。
まあ、でも兎に角やってみよう
それから数日間、多少の試行錯誤はありましたが、方向性と言うか
目指すところの形がはっきりと見えた分、思ったよりスムーズにたどり着いたように思います

友人の「H」君は、最初からの試作品を食べてくれていたある意味犠牲者の一人ですが
その完成した、極細麺カリカリを食べて、涙ぐんで出た言葉が印象的でした
「先輩、あれからここまでよくぞ来ましたね〜」
常に心配して覗いてくれていたので、その曲余屈折の過程を全て知っているばかりか
私の性格も知り尽くしている彼は、恐らく私以上に不安だったのだろうと思います。
今考えれば、目指すお好み焼きとは、実は彼好みのお好み焼きだったのかもしれません
前述にもあるように、私は小さいころからお好み焼きはあまりに身近にありすぎたせいか
ここ何十年では数回しか食べたことがないのに比べて
彼は、相当あっちこっち食べ歩いていたし、家庭でもホットプレートで頻繁に焼いていたようですので
うんちくだけは相当なものだったようです
あらためて、心より謹んで感謝の意を表したいと思います。

極細麺カリカリ仕上げが完成したのは、開店3日前でした
続いて、味わいのある麺「味深麺、うまうま」は、昔懐かしい雰囲気に、
そして、ピリ辛麺「カラカラ」は辛さと甘みが引き立つように
結局、最初にサンプルで持ってこられた、マスマン食品さんの3種類の麺を
どれも捨てがたいと言うか、捨てきれないのならば、と3種類全て商品にしてしまったというわけです
そして、それぞれの特徴を生かしたお好み焼きに仕上げ、麺の3兄弟と名付けました
このことは、それほど難しい事では無いように見えますが、実は結構難しいと言うか
難易度の高い事なのです
3種類の特徴を生かす為には、まずそれぞれに合った3通りの焼き方が必要です
限られた鉄板スペースで、しかも時間とも戦う中、余分なリスクをしょい込む事にもなります
通常、お好み焼き店では有り得ない話だとお思いますが
私の中では何の違和感も抵抗もなくそのようになってしまった。
と言うのが事実なのでしょうが
根底には、あの極細麺カリカリ仕上げを完成する試行錯誤の中で
一定の法則を発見していた、と言うか独自の法則を編み出していたと言うのが
正しいかもしれません。
そしてもう一つは、お店全体を考えた時、これから夜の鉄板メニューも揃えていく中で
お好み焼きは、鉄板メニューの中での一品でもあるなら
魚貝類も肉類も、またその中でも全て同じタレ、同じ味付けで良い訳はなく、
それぞれ同じ品でも、和風味、塩レモン、塩バター、味噌味、特製タレ等
味覚を変えることによってバリエーションが広がります
ならば、お好み焼きもワンパターンでなくても良いのではないかと
考えた結果なのでありんす。

さて、そのような事で開店準備はまだまだ間に合いそうにないので
当初の目標、3月5日は、とりあえず完成したお好み焼き系のみのメニューで
それもお昼だけのプレオープンとし
約、1週間先の同じ「友引」の日、3月11日を、正式なグランドオープンとしました
幸いにも、友人知人にも何の案内もしていませんでしたので
静かな出足となり、スタッフにとってはならし運転の1っ週間になったようです
そして、3月11日、お昼の喧騒が一段落したごろ
テレビでは、信じられないまるでSF映画のようなシーンが流れてきました
一体それが何なのか、全容が分るまで数日かかりましたが
現実に起こった、大地震でした
マスコミでは、それから各月で11日を迎える毎に「あれから何か月」と
切り出します、そのたびに福の神も開店して何か月か、と再認識が出来ますが
よりによって、あの日に開店? 又は開店の日に大地震?

この数奇な運命のめぐりあわせをどのように解釈したら良いのか
今だに分りません

7、押さえるのが広島流?

「広島のお好みは押さえんにゃ〜」
広島弁で、お好み焼きをしっかり押さえるのが広島流であるから
押さえないお好み焼きは広島流ではない
そのような意味で、お客様が良く言われます

お好み屋をやって見て一番驚いたことは
何と「お好み博士」が多い事
中でも、一番はやはり「何故押さえないのか?」と
広島人なら、「押さえる」「押さえない」の意味がすぐに理解できる程
両派に意見と好みが分かれます
要するに
お好み焼きの作業行程中、生地を敷き、キャベツ等野菜を盛り、お肉を載せて
それを本体とし、ひっくり返して生地が頭の蓋になり、具材がその下に来る
そこで、その具材本体を上からヘラで押さえる(ヘラでは足りなくて特殊な重しを使うところもある)
その作業の所で意見が分かれるようで
ぎゅ〜と押さえるか、自然放置で具材を蒸らすかなのですが
押さえる派の人たちは、その押さえないのを見ると気持ちがもやもやするようです
この論争に火をつけたのは、NHKのためしてガッテンなる番組だったそうです
私は見ていないのですが、オタフクソースさんの話では
両方の実験をして、キャベツがどっちが美味しくなるかを試したら
圧倒的に、押さえないで蒸らしたほうが、美味しい成分が多かったそうで
それ以来、押さえるお好み焼は敬遠されがちになり、主流は押さえず蒸らす方になったそうです
オタフクさんの研修でも、その方法を推奨していました。
そこで、納得できない残党派が「押さえないお好み焼きは広島流じゃない」と息巻いている
のが、現状のようです
実際、私は押さえても押さえなくてもどっちでもいいと思います
と言うか、そこだけを切り取って議論する方が間違いであり意味がないと思います
恐らく、実際にお好み焼きを焼いている人なら多分、多くの人は私と同じことを思っているはずです
要するに、焼いてみればわかる事なのですが、それでは回答にならないので
ここで簡単に説明します

まず、その前に鉄板の特性を知る必要があります
お好みを焼くときの鉄板は、一般的に表面温度が220度くらいになります
しかし、その表面から1センチ離れた所に網を置き、魚を載せても
1日たっても干物にはなるかもしれませんが焼けません。
しかし、鉄板に直接おけば、表面は数分間で焦げるくらいに焼けます
これが鉄板の大きな特徴です
その事を理解したうえでお好み焼きを考えてみましょう

具材本体をひっくり返した状態で言えば
豚三枚肉は鉄板に接しています、そしてその上にモヤシ、キャベツと重なり生地が蓋のように乗っています
その状態で、豚肉から上の本体はどのようにして火が通るのでしょうか?
接地面は220度くらいあるのですから、数分で焦げ目が付きますが
そこから上は鉄板熱は届きません
答えは「蒸気」なのです
その蒸気は水分が蒸発して出来ますから、100度以上です
その熱された蒸気が具材の間を通る事によって、上の具材に火が通る事になります
キャンプファイヤー等で中央で火を炊きますが、その時木切れを上手く隙間を開けながら積み上げます
そうすると、その隙間を炎が登り大きな火柱になります
もしも、その時に隙間がなかったり、板状の木を重ねていたら?
お好み焼き本体の具材もそれと同じで
隙間をうまく作って積み上げておくと、蒸気が通りやすく全体に早く蒸れて行きます。
ためしてガッテンでは、恐らくその状態で蒸れたキャベツの方が、栄養もうまみ成分も壊れない
逃げないので美味しい、となったのではないかと思います。

なら、押さえない方が美味しいのではないかと
そこだけを捉えればそうかもしれませんが
お好み焼きは、それぞれ具材の調理の仕方から作業工程まで全部違います
今の、やり方にするには
1、キャベツを細く切る事
2、麺をべつの場所で炒めてその上に具材本体を載せるやり方であること
以上の2点が必須条件ですが、その場合
キャベツを細切りにすることで、本来のキャベツの旨みが減る
麺を別の場所で炒める分のスペースが必要となり枚数を焼くときに時間がかかる

では、逆に押さえる焼き方の利点は
幅広く切ったキャベツを押さえて水分を出し、蒸気に勢いをつけて蒸らす
具材(キャベツ)が大きい分、やはり美味しい
そしてもう一つ
生地を敷いた後、麺を炒めてその生地の上に重ね、その上にキャベツ、モヤシ、豚肉と重ねる
実は、昔のお好みは殆どこの順番でした
この方法だと、まず1枚あたりの作業スペースが少なくて済むため、枚数がこなせる
そして、生地の上に麺を載せるので、生地と麺がうまくくっつき中心がずれないのと
食べる時に、麺と生地が一緒に切れるのでヘラで切りやすい
しかし難点としては、麺を素早く炒めて生地に載すために、麺に火が通りにくい
それを補うために、ひっくり返した後上から押さえて下から勢いよく上がってくる蒸気で
麺を茹で状態に持っていく訳です

やや専門的になりましたが
「押さえる」には押さえる必然があり、「押さえない」には押さえない必然があり
どちらも、そこの具材の調理具合や作業工程によってなされている
と言う事で、私はどっちでも良いのではないかと
よく「押さえたら水っぽくなるから嫌い」と言われる人がいます
押さえても、空気を入れて水分を飛ばせば水っぽくはならないと思いますし
また、キャベツを生で食べる習慣が無かった世代の方の中には
白菜の煮物感覚でキャベツを捉える方もおられます
要するに好みの問題になるのでしょうが

福の神では、原則押さえません
何故押さえないかと言えば「カリカリ」麺だからです
もう少し詳しく言えば
カリカリ麺をカリカリに仕上げるために、麺に一番時間がかかります
その為に、本体が早く仕上がるとタイミングが合わなくなる
しかし、カリカリ麺にはキャベツは細切りの方がマッチする
もしも、生地の上に麺を載せる順番のやりかただと、麺がカリカリにならない
簡単に言えば、だから押さえられないのです
お客さんから「押さえてくれ」と言われれば拒みません、押さえてストレスを飛ばして差し上げます
でも、その後でしっかり空気を入れて水分も飛ばします

福の神では、お客様のご要望は出来る限りお聞きします
お客様との対話で作る、お客様好みの味
それがお客様にとって一番おいしいお好み焼きだと
考えております

鉄板物語≪1≫が終了
続いて鉄板物語≪2≫へ入ります




鉄板物語≪2≫

1、あれから1年

「調子はどうですか?」
「もうかりますか?」・・・良く聞かれます
はっきり言って「もうかりません」
お店を始める前にこんなにも儲からない事が分っていたら?・・・
前にも書いたように、見通しの甘さは今に始まった事でもなく
「人生そのものの見通しが甘い」自分の人生であるならば、之もまた一興かと・・・
「面白き事も無き世に面白く・・・」高杉晋作の辞世の句が妙に心に響く心境でもあります
ただ、そんなえ〜かげんな自分の人生でも振り返ってみれば、やりたいことは全てやって来たし
それなりに苦境も乗り越えてきた事を思えば、「やってやれないことは無い」との
過信とも思える自分の信条もまんざらでもないような・・・人に言わせれば「不思議な自信?」
言い換えれば、それだけが頼りの人生とも言えるみたいですが
「成功」なる言葉の価値観と定義が世間一般と少しズレていることで
「自分流の納得」が出来てしまう、「だから手におえない奴だ」とも・・・

そこで話を「もうからない」に戻すとして、要するに「成功」=「儲かる事」だとは思わない
が、「成功」の定義の中に「儲かる」は必須の一つではあると思います
言い方を変えれば、儲かるだけが成功では無い?
負け惜しみのような論理ですが、開店して1年を迎えるにあたってはっきりと言えることは
「やって良かった」と言う事です。
一枚650円のお好み焼き
この、最高に手のかかる「スローフード」そしていろんな思いの詰まった「ソウルフード」
とも言える、たかが650円のお好み焼きでありながら
そこからは、想像も出来なかった多くのモノが見えてくるし
いろんな出会いを演出してくれます。
その意味では、お好み焼きに感謝!!!
鉄板物語≪2≫では、そんな事から見えて来たものや
貴重な人との出会い
その辺を書いていきたいと思っています

2、考え無くてもよい事

自分はお好み焼き屋のくせに、中華のそば麺の魅力がイマイチ良くわからない
前にも書いたが、開店前の麺選びの段階で生麺を使うお店に食べに行ったことがある
大きな寸胴鍋で麺を茹でてから鉄板で焼く。
器材と作業工程の問題もあるものの、食べた時に「麺が美味いか?」と問われても
自分にはその「麺の美味しさ」が何なのか良くわかっていない
うどんやソーメンに比べて、何がどうなれば美味しいのか
いや、うどん、ソーメン、ひやむぎ、また日本そばまでも含めて
本当の美味しさなるものは結局よく分っていないのではないか・・・と
いやいや、待てよ、そうも言えないのではないか
うどん類にしても、ソーメン、日本そばは、それ自体をツユで食べるではないか
と言う事は、それ自体が市民権を得ていると言う事か
だとしたら?いや待てよ・・・
中華麺も、つけ麺があるではないか
そんな事をお客様に話したら、返事が一言
「そんな事考えんでもええ」
続けて「それよりどうやったら儲かるか、それを真面目に考えんさい」と
ハイハイありがとうございます。
「ハイは1回でええけ」
ハイハイ

メゲズニ次の日、中華麺の歴史について調べてみたら
面白い事に、それは偶然の産物だったようです
以下に紹介します
それは今から数百年前、中国の寒村に住むある農民が山からわき出した水を使って麺を作った。
すると、ふだん井戸水で作るいつもの麺とは色合いも違い、コシが強く、風味豊かな麺ができあがった。
この山の土に含まれる多量のアルカリ性物質がとけだしたわき水
(その後、「かんすい」と呼ばれる)が小麦粉を変成させたのだ。
これこそが中華麺誕生の瞬間だった。
農民はこの山の土質にアルカリ性物質が大量に含まれていて、
この物質が水に溶解している事を知る由もなかったのであるが、
この麺こそ中華麺に他ならぬものであり、中華麺誕生の由来である。
以来この地方の農民はその山水を煮詰め又、固形化(石かんすい)とし各地に移出し、
中華麺は中国全土に広まって行ったのである。
日本に最初に入って来たのは、1859年横浜港開港からだと書かれていますが
当然、それ以前に長崎には入ってきていたと思います
でも、当初は珍品あつかいだったようで、日本人が通常食べるようになったのは
戦後だそうで「支那そば」等と呼ばれていたようです。

なるほど・・・
キーワードは「かんすい」ですか
パンを作るときのイースト菌のような関係でしょうか
中華麺には「かんすい」
そのかんすいも当初は天然ものを中国から輸入していたそうですが
現在では、殆どが「炭酸ナトリュウム」や「炭酸カルシウム」等の
「炭酸アルカリ類」での代用のようです
なるほど・・・
それで?と言いたくなるような話ですが
ならば、中華麺はこれからどうなっていくのか?
更に、お好み焼き専用の中華麺は未だに無いと言っていいくらい
全てが、中華そば、ラーメン用の麺の代用品、わずかに「焼きそば用」として
表示されているものはありますが
お好み焼き用と表示されているものは、スパーでも見たことが無いし
これからも出てこないとしたら
ますます、美味しい中華麺とはどんな中華麺なのだろうか?

恐らく、お客様にそんなことを話したら返事は簡単に予想できます
「まだ、そがーん事考えよったんかね?」
「そがーんこたー考えんでもえーけー、ちゃんと儲かる事考えんさいや
もーかることを」

ハイハイ

3、肉玉そば、肉玉うどん

広島地域のお好み焼き屋さんでは最も一般的なメニュー表示
「肉玉そば」「肉玉うどん」
もちろん、お客さんにもそれが一番分りやすい基本のメニュー
それに対して、麺W(ダブル)は二玉の麺を使うし、1.5もあれば麺ハーフもある
中には、麺なし(野菜焼きとの表現もある)、卵なし、肉なしもあるが
その場合、表現は少々難しい
例えば「肉玉そばの肉なし」とか「肉玉そばの卵なし」とか
それなら、最初から肉や卵を抜いて「玉そば」とか「肉そば」とか言えばいいような気もするが
オコノミの場合、それではオコノミの名前にならないと言うか
イメージが全く違うものになるようです
あくまで「ニクタマそば」「ニクタマうどん」が一つのオコノミメニューの言葉になっている?
と言うか、強いイメージのついた商品名なのだと思います
しかし、他県の人にはそれが」理解できないようで
「肉玉そば」とか「肉玉うどん」と聞いて鉄板で焼くものだとはなかなか思わないようで
オコノミに多少の予備知識があって、お店に入って鉄板を見て雰囲気が分れば
納得がいくようですが、言葉だけ聞けば絶対に「スープや汁に浸かったそば、うどん」だと
思うのは無理ないようです
更に、広島の「オコノミ」は鉄板料理全般を「お好み焼き」だと思っている人もいます
先日も確か神戸から来られた男性2人連れで
トンペイ焼き等何種類か食べた頃に、確かお好み焼きを食べに来たのだと
最初に聞いたので、お腹いっぱいになったら食べれないのではにかと
要らんことながら心配して
「お好み焼きは食べなくてもいいのですか?」と聞いたら
変な顔で「え?どういう意味ですか?」と逆に聞かれ
「いえ、最初に広島のお好み焼きが食べてみたいと・・・・」と説明すると
「え?」と言われ更に「今まで食べたのはお好み焼きではないのですか?」と
その辺で、あ、そうか・・・と気が付き「お好み焼き」の説明をさせていただきました
「納得」
では、と言う事でしたが、すでにお腹はほぼ満腹状態だったので、二人で1枚を食べて
相当、ご満足の様子で帰って行かれました
広島では全く当たり前のことで深く考えたこともないですが
逆に考えればそれだけ地域化した?
地域の特化性が確立されてきたとも言えるのかもしれない
言い換えれば「お好み焼き」は広島地域独特の地域文化として
一本立ちした証ではないでしょうか

4、おいしいオコノミとは?

「おいしい」を決めるのはお客様である
と、飲食店の場合よく言われる
まさにその通りで決めるのはお客様に間違いない
「おいしい」の中には「おいしく感じる」もあるし「慣れた味」もあるし
「先入観」もある
行列が出来る人気店の場合、人が人を呼ぶとも言われる
が、飲食店の中でもお好み焼きの場合ちょっとその度合いが違う
特に、地元密着型の路地裏店の場合はお客様自体が持つ歴史があり
ストーリーがあり、独特の思い入れがある
これが結構手ごわい
新しいお店が出来たと聞いたら「行ってみようか」の次の言葉は
「どがーなもんかわしが食べてみちゃろーか」となり
言葉は悪いかもしれないが最初から好意より敵意の方が強い
自分本位の審査員なのです。
審査基準は自分独自の思い入れであり、採点は減点方式
和食でもパスタ料理でも、出されればこんなものなのかと納得する人でも
オコノミに関しては厳しくダメ出しされる
広島市内の観光客仕様のお店だと初めて食べる人も多く
少々出来が悪くてもこんなものなのだと納得されるかも知れないが
ここ、廿日市ではそうはいかない
先入観にも頼れない、慣れた味など1年目であろうはずもなく
おいしく感じてもらえるほどの接客、おもてなしの技も無い中で
基本の基本である「おいしい味のオコノミ」を作ることしかない
そこで最初に考えたコンセプトは「道場六三郎がお好み焼きを作ったら」でした
例えばの話ですが、料理の達人と言われるあの方がお好み焼きに挑戦したら?
いくら達人でも鉄板はこなせないでしょうから「焼」の技には頼れない
だとしたら、味付けでしょう
全体として何味にするか、隠し味は?塩加減、香辛料加減は?


そんななか、1年目より2年目、更に3年目、4年目と対前年を下回ることなく
牛歩の如くではあれど、枚数は伸び続けています




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